マドンナのバラードに刻まれた時間と深淵:『Something To Remember』ドイツプレス レコード レビュー

Disk Review
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じめじめとした梅雨空が続く6月下旬、ふと聴きたくなるのは、心を潤すバラードである。

マドンナの膨大なディスコグラフィーの中でも、ひときわ異彩を放ち、その音楽的成熟を静かに、力強く物語るのが1995年にリリースされたバラード集「Something To Remember」である。

数多あるベスト盤とは一線を画し、明確な意図とコンセプトのもと編纂された珠玉の一枚だ。本稿では、所有する喜びと聴き込むほどに深まる魅力を持つドイツプレス盤のレコードに焦点を当て、その魅力を深く考察する。

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唯一無二のバラードコレクションとしての魅力

マドンナのベスト盤と聞いて多くの人がまず思い浮かべるのは、おそらく1990年に発売された「The Immaculate Collection」だろう。こちらは、革新的なQサウンド技術(音源に立体感や広がりを与える3Dオーディオ技術)を駆使し、彼女のキャリア初期から絶頂期までのダンスポップアンセムやヒットシングル(「Vogue」「Like a Prayer」「Material Girl」「Holiday」「Like a Virgin」など)を網羅した、まさに「究極のベスト盤」と呼ぶにふさわしい内容であった。きらびやかでエネルギッシュ、そして常に時代の最先端を走り続けたポップアイコンとしてのマドンナの姿がそこにはあった。

しかし、「Something To Remember」は、その対極に位置する作品だ。

「The Immaculate Collection」が彼女の「動」の部分を凝縮したとすれば、本作は「静」の部分、つまり彼女の歌声が持つ繊細さ、表現力、そして時間の経過とともに深まる内省的な側面を浮き彫りにしている。これは単なるヒット曲の寄せ集めではない。彼女が歌い上げてきた数々のバラード、あるいはバラードとして聴き応えのある楽曲を選りすぐり、一貫した世界観で統一された「心の風景」を描き出しているのだ。本作に収録されているのは、決して派手さはないかもしれないが、心の奥底に染み渡るような普遍的な感情が込められた楽曲ばかりである。

例えば、「Oh Father」に垣間見える繊細な親子の情や、「I’ll Remember」に込められた過ぎ去りし日々への回顧など、聴く者の個人的な記憶や感情に深く寄り添うテーマが散りばめられている。これらの楽曲を通して、マドンナは単なるヒットメイカーとしての顔だけでなく、歌詞に込められた心の機微を歌い上げる、より深みのあるアーティストとしての存在感を示している。これはまさに、マドンナが持つ多様な顔を再認識させるものである。単なるポップアイコンに留まらず、一人のシンガーとしての深遠な表現力を提示することで、ファンに新たな発見と感動をもたらすだろう。

通常のベスト盤が「マドンナのカタログ」であるとするならば、本作は「マドンナの内面の軌跡」とでも形容すべき作品なのだ。このアルバムは、彼女がエンターテイナーとしての華やかさの裏で、いかに人間としての感情や経験を音楽に昇華してきたかを物語る、貴重な証とも言えるだろう。

ドイツプレス盤の音質とジャケット、そして収録曲の考察

音源の質と再発盤との比較

では私の所有盤を見ていこう

このドイツプレス盤のレコードで特筆すべきは、その音質の素晴らしさだ。ドイツ盤は一般的にプレス品質の高さで知られており、本作も例外ではない。レコードならではの温かく、どこかアナログな質感が、マドンナのボーカルに圧倒的な深みと奥行きを与えている。CD音源がクリアで鮮明である一方、このレコード盤は音の粒立ちがより滑らかで、音像に立体感があり、まるでマドンナが目の前で歌っているかのような空気感までもが伝わってくる。特にバラードというジャンルにおいては、そのわずかな音のニュアンス、残響の広がり、そして彼女の息遣い一つ一つが、感情の伝わり方に大きく影響する。デジタルなシャープさとは異なる、有機的で芳醇なサウンドがここには確かに存在する。

今から30年ほど前、リアルタイムで手にしたこのドイツ盤だが、長年の愛聴により盤コンディションは芳しくなく、針飛びする箇所があった。そのため、後年にはライノ(Rhino)からの再発盤(主に2013年や2016年に180グラム重量盤としてリリースされたもの)も入手し、両者を聴き比べた。音の作りという点では、現代的なリマスタリングによってクリーンにまとめられている印象があるものの、ドイツオリジナル盤の持つ「音のクリアさ」と「空気感」はやはり一日の長があると感じる。特に、微細な音の分離や奥行きの表現において、オリジナル盤の優位性は揺るがない。

買い直したライノ盤。初期プレスに比べると印刷が若干良くないように感じる。美しいジャケットだけにもったいない・・・

ジャケットの美しさ

ジャケットの印刷品質においてオリジナル盤の優位性は明確だ。美しいポートレートは、深みのある黒と繊細なグレーの階調を活かした印刷がされており、マドンナの成熟した美しさと、どこか物憂げな表情がより際立って感じられる。紙質も良く、手に取った時の質感も再発盤とは一線を画す。所有欲を満たすという点においても、圧倒的にオリジナル盤に軍配が上がるだろう。このジャケットのシンプルでありながらも力強いビジュアルは、収録されているバラードの世界観と完璧に調和しており、リビングに飾るアート作品としても遜色ない存在感を放つ。

収録曲とイチオシ曲

本作に収録されている全14曲は、マドンナのバラードの歴史を彩る名曲ばかりだ。その制作には、当時の音楽シーンを牽引していた錚々たるメンツが関わっていることにも触れておきたい。例えば、クールでアンビエントなサウンドで知られるマッシヴ・アタックに代表されるような、当時の先鋭的な音楽シーンで活躍していたプロデューサーやミュージシャンたちが、彼女のバラードのサウンドプロダクションに間接的・直接的に影響を与えていることは想像に難くない。彼らの手腕によって、マドンナの歌声は単なるメロディに乗るだけでなく、楽曲全体のテクスチャー、グルーヴ、そして深遠な世界観と一体となり、新たな奥行きと芸術性を獲得している。このアルバムは、単なるバラード集という枠を超え、90年代中盤の洗練されたポッププロダクションの一つの到達点を示していると言えるだろう。

以下に、「Something To Remember」の一般的なレコードの曲目を記載する。

A面:

  1. I Want You (with Massive Attack)
  2. I’ll Remember
  3. Take a Bow
  4. You’ll See
  5. Crazy for You
  6. This Used to Be My Playground
  7. Live to Tell

B面:

  1. Love Don’t Live Here Anymore
  2. Something to Remember
  3. Forbidden Love
  4. One More Chance
  5. Rain
  6. Oh Father
  7. I Want You (Orchestral)

この中でイチオシの曲を挙げるとすれば、やはり「Rain」だろう。

この曲は、1992年のアルバム『Erotica』からのシングルカットであり、その後のマドンナの芸術性を大きく広げた楽曲の一つである。しとしとと降る雨を思わせる、透明感あふれるサウンドと、切なくも美しいメロディラインが印象的だ。特にドイツプレス盤のレコード音源で聴く「Rain」は、雨粒が落ちるような繊細な音の描写、奥行きのある空間表現、そしてマドンナの慈愛に満ちた歌声がより一層際立って心に響く。楽曲全体を包み込むアンビエントな雰囲気は、まさに梅雨の季節に聴くのにふさわしく、日常の喧騒を忘れさせてくれるような静寂と安らぎをもたらす。この曲は、単なるラブソングの枠を超え、聴く者の心を洗い流し、深い癒しを与える力を持っている。それは、マドンナが単なるポップアイコンから、より深く、内面的な表現へとシフトしていく過渡期に生まれた、重要な作品だからだ。

記憶に刻む美しきバラードの世界

「Something To Remember」ドイツプレス レコードは、単なるベスト盤という範疇を超え、マドンナの芸術性と美学が凝縮された一枚である。

本アルバムは、その美しいポートレートが示す彼女自身の深い魅力、そして繊細で情感豊かな楽曲が織りなす音楽美が、レコードというフォーマットを通して高次元で融合した作品である。当時のトップアーティストとしての幅広い音楽性と、それを支えた確かなプロダクション、そしてドイツ盤ならではの優れた音質が、このアルバムを特別な存在としている。マドンナのファンはもちろんのこと、良質なバラードを愛する音楽愛好家にとっても、このアルバムは必携の一枚となる。時間とともに色褪せることのない輝きを放ち、聴く者の心に深く刻まれるこのレコードは、今後も長く愛され続けるだろう。

やっぱ、マドンナ綺麗ですよ。このジャケだけでも買い、だと思う。

コメント

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