【FPが読み解く】山﨑元氏 遺稿に学ぶ:「がんになって分かったお金と人生の本質」

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日頃は愛しのレコードや、心震わす音楽の魅力について語らう場となっている当サイトだが、実はもう一つ、人一倍情熱を傾けている分野がある。それがファイナンス、そして資産形成の世界だ。以前も書いたが、何を隠そう、私自身ファイナンシャル・プランナー(FP)の資格を持つ身。音楽レビューはもちろんのこと、これからはその知見を活かし、皆さんの未来を拓く手助けとなるような、珠玉のマネー本レビューも届けていきたいと思う。

記念すべき初回として、今回は経済評論家・山﨑元氏の最晩年の著作の一つを取り上げる。作品は「がんになって分かったお金と人生の本質」である。

近年、新NISAによる投資熱の高まりや、止まらない物価高年金2000万円問題の再燃など、お金に関する話題は尽きない。多くの人々が将来への漠然とした不安を抱え、いかに効率よく資産を増やし、老後の生活を安定させるかに腐心しているだろう。しかし、経済評論家として長年、私たちにお金との向き合い方を指南してきた山﨑元氏が、食道がんという大病を経験し、2024年に逝去されるまでの闘病生活の中で見出した「お金と人生の本質」は、そうした合理性や効率性だけでは語り尽くせない、より深く、人間的な洞察に満ちたものだった。

山﨑元氏は1958年北海道生まれ。東京大学経済学部卒業後、三菱商事に入社。その後、野村投信、住友信託、メリルリンチ証券、楽天証券など12回の転職経験を持ち、資産運用を専門とする経済評論家として数々の著書やメディア出演で活躍した。 その集大成ともいえる遺稿が、本書「がんになって分かったお金と人生の本質」である。

本書が響く人々:こんな人におすすめ

本書は、以下のような読者にとって、深い示唆と具体的なヒントを与えてくれるだろう。

  • がんや病気と診断され、お金や今後の人生について不安を感じている人
  • 自身の「終活」について考え始めているが、何から手をつけて良いか分からない人
  • 「お金の増やし方」だけでなく、「お金の使い方」や「人生の幸福」について深く考えたい人
  • 経済評論家・山﨑元氏の独自の視点や哲学に触れたい人
  • 人生の「持ち時間」を意識し、後悔なく生きるためのヒントを探している人
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本書の全体像:要約とFP視点から考察する人生の本質

本書は、著者ががん告知を受けてからの思考や意思決定の記録であり、その内容は多岐にわたる。FPの視点も交えながら、その核心に迫る。

本書の要約

本書の主な要点は以下の通りである。

  • がん告知を機に、人生と情報を見つめ直したこと: 著者はステージIIIの食道がん告知を受け、限られた時間の中で、膨大な医療情報や投資情報と冷静に向き合い、取捨選択の重要性を説いている。感情に流されず、合理的に情報を判断する姿勢が貫かれている。
  • 「がん保険は不要」という冷静な分析を示したこと: 自身の治療費を詳細に検証し、一般的に言われるようながん保険の必要性に対して、経済合理性の観点から疑問を投げかけ、自身には不要であったと結論付けている。高額療養費制度など、公的医療保険の重要性も再認識させた。
  • 「お金の増やし方」から「お金の使い方」へのシフトを促したこと: 若い世代には「人的資本への投資」や「経験への支出」を推奨し、若年期に無理に資産形成に走ることの機会損失を指摘している。人生のフェーズに応じたお金の使い方の重要性が強調されている。
  • 幸福の定義と「怒り」の役割を論じたこと: 人生の幸福は「自由度」「収益性」「他人の評価」で決まるとし、お金の価値観に囚われがちな思考をリセットする「怒り」の有効性を論じている。怒りもまた、自身の価値観を明確にするトリガーとなり得ると示唆する。
  • 終活の超合理的セオリーを提示したこと: 最晩年の住まいや介護、相続、墓じまいなど、終活における具体的な問題に対し、経済評論家らしい合理的な思考でアドバイスを提供している。「墓なし・坊主なし」といった独自の終活観も開陳している。
  • 「お金より大事なもの」への気づきを綴ったこと: 闘病を通じて、物欲から解放され、人との関係や自分自身の時間といった、お金では買えない真の価値に気づく過程を赤裸々に綴っている。
  • 「最後の1秒まで幸福は追求できる」というメッセージを伝えたこと: 限られた時間の中で、いかに上機嫌に、後悔なく生きるかという哲学を、自身の「癌の記・裏日記」を通して示している。死を意識することで、かえって生き方が明確になることを示唆する。

FPの視点から見る「がんになって分かったお金と人生の本質」

山﨑元氏の著作は、常に論理的で明快だ。何を隠そう、私も数年前に氏が水瀬ケンイチ氏と共著で上梓した『ほったらかし投資術』を読んで資産形成に目覚めた一人である。その分かりやすい文章は本書でも変わらない。しかし、がんとの闘病という極限状況を経たことで、その合理的な論理の背後には、より深く人間的な洞察が加わった。

FPとしてお客様のライフプランニングを支援する中で、本書から得られる示唆は計り知れない。ライフプランニングはFPの基本作業であり、未来への道筋を描く第一歩だ。だが、山﨑氏は「何が起こるか分からないのが人生であり、プランニング通りに事が運ぶことの方が稀だ」と明確に述べている。この視点は、ファイナンシャルプランナーとして、お客様の人生の不確実性も視野に入れた、より柔軟で本質的な支援を心掛けるべきだと肝に銘じるべき点である。

経済合理性と人生の豊かさの融合

FPは、とかく経済合理性を追求しがちである。いかに効率よく資産を形成し、リスクを管理し、老後の生活を安定させるか。しかし、山﨑氏は「がん保険は不要」というセンセーショナルな提言の裏で、単なる損得勘定を超えた「人生の豊かさ」とのバランスを求めている。

多くの方が不安から加入する医療保険やがん保険について、著者は自身の経験に基づいて冷静にその費用対効果を分析している。高額療養費制度など日本の医療保険制度の充実を背景に、「不確実性への過剰な備え」が、かえって「自由な人生」を阻害する可能性を指摘しているのだ。これはFPとして、お客様の不安に寄り添いつつも、本当に必要な保障は何か、その経済合理性はどうなのかを、より深く説明する責任があることを再認識させてくれる。単に「入っておけば安心」ではなく、「何に不安を感じ、その不安にどう対処すれば、より良い人生を送れるのか」という本質的な問いかけが必要だ。

時間軸の重要性と「今」を生きる価値

本書全体を貫くのは、「時間」という有限な資源への意識である。特に、若い世代への「人的資本への投資」や「経験への支出」を促すメッセージは、FPがライフプランニングで強調すべき点のひとつだろう。私たちはとかく、長期的な視点での資産形成を語りがちだが、若いうちにしかできない経験、自己成長への投資を怠ることは、将来的な幸福度の低下に繋がりかねない。

山﨑氏は、人生の早い段階で過度な節約や「守銭奴型FIRE」を目指すことの機会損失を指摘している。「人間の楽しむ能力は年齢に比例する」という言葉は、若年期にしか味わえない喜びや経験にお金を投じることの価値を教えてくれる。FPは、お客様の現在の生活の質と将来の備えのバランスを、時間軸を明確にして提案すべきだ。ただ貯蓄を勧めるだけでなく、「今」を豊かに生きるための「賢いお金の使い方」の選択肢を提示することが求められる。

終活における「合理性」と「幸福」の追求

終活の章では、墓、相続、最晩年の住まいといった、誰もが直面する問題を極めて合理的に、かつ自身の価値観に基づいて解決していく姿勢が示されている。特に「墓なし・坊主なし」といった発想は、従来の慣習にとらわれず、自身の人生観に根ざした終末期のあり方を追求する著者の哲学が表れている。

FPにとって終活支援は重要な業務だが、ともすれば「手続き」や「節税」といった側面が強調されがちである。しかし、山﨑氏の提言は、終活が単なる事務処理ではなく、「人生の最終章をいかに自分らしく、後悔なく生きるか」という幸福追求のプロセスであることを示唆する。お客様の価値観を尊重し、形式にとらわれず、本当に望む終末期を迎えられるよう、多角的な視点から支援する姿勢が求められる。

「お金より大事なもの」への気づきを促す役割

本書の核心は、「お金より大事なもの」にどうやって気づくかという問いにある。著者は、闘病生活の中で、これまで当然と捉えていた物欲から解放され、人との繋がりや、今この瞬間を大切にすることの価値を再認識していく。経済評論家としてお金を語り尽くした人物が、最終的に辿り着いたのが「人との関係」や「上機嫌であること」といった、非金銭的な幸福の要素であったことは、私たちFPにとっても非常に示唆に富んでいる。

FPは、お客様の資産状況や収入、支出といった金銭的側面だけでなく、お客様が「何に価値を見出し、どのような人生を送りたいのか」という深い部分まで踏み込む必要がある。お金はあくまで人生を豊かにするための「ツール」であり、目的ではない。本書は、そのツールをいかに賢く使い、真の幸福に辿り着くかを、著者の実体験を通して教えてくれる一冊だ。お客様が漠然とした不安を抱える中で、「本当に大切なものは何か」を共に考え、その価値観に沿ったファイナンシャル・プランを提案すること。これこそが、FPの究極的な役割であると改めて感じさせられる。

おわりに:山崎氏の晩年のリアルが我々に教えてくれること

「がんになって分かったお金と人生の本質」は、経済評論家・山﨑元氏の最後のメッセージとして、単なるお金の指南書にとどまらない、人生全体を俯瞰する一冊だ。死生観を学ぶと同時に、私たち自身の人生と、お金との向き合い方を深く見つめ直すきっかけを与えてくれる。

FPとして、この本から得られる教訓は、「お金の知識」だけでなく、「人生の哲学」をもお客様と共有することの重要性である。健康寿命の延伸、人生100年時代と言われる現代において、予期せぬ事態に直面した際に、いかに冷静に、そして前向きに、自身の価値観に沿った選択ができるか。そのためには、日頃から「何が本当に大切なのか」を自問自答し、経済的な備えと同時に、精神的な豊かさを追求していくこと。本書は、そのための羅針盤となるだろう。

この書評を執筆しながら、山﨑元氏の類稀なる知性と、人生に対する真摯な姿勢に改めて敬意を表する。この本が、多くの方にとって、お金と人生の本質を見つめ直す、貴重な一助となることを願ってやまない。

隷好堂
隷好堂

仙台市出身・東京在住の40代サラリーマン。2級ファイナンシャル・プランニング技能士/AFP資格保持。音楽と旅が大好き。

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