エソテリック盤『復活』にぶっ飛ばされる。アバド×シカゴ響のSACDを日本盤レコードと比較レビュー

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日頃、ロックやジャズの濃密なグルーヴを聴いている耳に、クラシックの「交響曲」は時に淡白に、あるいは過剰に形式張ったものに聞こえることがある。しかし、クラウディオ・アバドが1976年にシカゴ交響楽団(CSO)と刻んだマーラーの第2番「復活」は、そうした先入観を木っ端微塵に粉砕するエネルギーを秘めている。

今回、幸運にもエソテリック(Esoteric)盤SACDを中古で入手した。価格は7,450円。ここからセールの10%オフが適用され、約6,700円という、このプレミア化が進むシリーズにしては「勝ち」と言えるプライスで手に入れた。発売当時の定価(6,286円・税込)から考えれば、多少の上乗せで済んだのは、昨今の高騰ぶりを考えれば僥倖と言うほかない。

結論から言おう。これはマーラーが「復活」のスコアに刻み込んだ巨大な音響宇宙を、現代最高峰の技術で再構築した音の伽藍であった。

この曲は以前にも「ロック好きのためのクラシック」という記事でも触れている。良かったらご参照いただきたい。

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オーディオファイルが熱狂する「Esoteric」という宗教

クラシックの音源を語る上で、日本のハイエンド・オーディオブランド「エソテリック(Esoteric)」の存在を無視することはできない。ティアック(TEAC)の高級ラインとして、世界最高峰のSACDトランスポートやDACを世に送り出す彼らが、自社のハードウェアの性能を極限まで引き出すためにスタートさせたのが、この「名盤復刻シリーズ(Master Sound Works)」である。

なぜ、このシリーズがこれほどまでに高騰し、熱狂的な支持を集めるのか。それは彼らが単なる「リマスター業者」ではなく、音の出口から入り口までを知り尽した「音響の求道者」だからだ。

  • ハードウェアメーカーによるマスタリング: エソテリックのマスタリング・センターでは、自社の最高級トランスポート、D/Aコンバーター、そして10MHzのルビジウム超高精度マスタークロック・ジェネレーターが贅沢に投入される。デジタル音源でありながら、血の通った、肉厚な実在感を伴う音が鳴るのは、こうした圧倒的な物量投入による恩恵だ。
  • 杉本一家氏の手腕: 多くのエソテリック盤を手がけるマスタリング・エンジニア、杉本一家氏の哲学は「オリジナル・マスターに刻まれた情報を、一滴も漏らさず掬い取ること」にある。過度な色付けを排し、DSD(Direct Stream Digital)の広大なダイナミックレンジをフルに活用するその手法は、現代のオーディオファイルが求める「現場のリアリティ」そのものである。
  • 限定生産という希少性: このシリーズは基本的に「再販」をしない。一度プレスされたものが市場から消えれば、あとは中古市場での争奪戦になる。今回の「復活」も2016年のリリースだが、すでに伝説の領域に片足を突っ込んでいる。

1976年のシカゴ交響楽団:剛腕の記録

シカゴ交響楽団が「世界最強の楽器」と称されていた時代の録音であることも、この盤の価値を高めている。ショルティ体制下で鍛え上げられた金管セクションの音圧は、ロックのスタックアンプが束になっても敵わないような破壊力を持ち、弦楽器群は鋼のようなしなりを見せる。

若き日のアバドは、この「剛腕」のオーケストラに対し、自身の理知的な解釈をぶつけることで、稀に見る化学反応を引き出した。後年のアバドに見られる洗練とは一線を画す、野心と情熱が剥き出しになった演奏だ。

日本盤レコードという高い壁との対峙

比較対象として用意したのは、1977年に発売された当時の日本盤レコード(ポリドール/MG 8094/5)だ。国内のオーディオリスナーがリアルタイムで熱狂したであろうこのアナログ盤は、ポリドール特有の重心の低い、アナログらしい適度な「太さ」、そしてしなやかな柔らかさを備えている。国内盤の通常盤だが音質はお墨付き。もちろん及第点以上の優秀録音盤である。

アナログレコードには、デジタルが逆立ちしても勝てないと言われる「地を這うような低域の押し出し」や、その時代の空気そのものを封じ込めたような独特の質感がある。オーディオファイルにとって、エソテリック盤がこのアナログの魔力を超えられるかどうかは、常に最大の関心事である。

SACDが証明した「デジタルの逆襲」:空間の広がりと音圧

再生ボタンを押し、愛機JBL L88-NOVAのウーファーが咆哮した瞬間、私は文字通りぶっ飛ばされた。スピーカーから放たれたのは単なる「音」ではなく、圧倒的な物理的質量を持った衝撃波であり、その一撃でこれまでのデジタルへの疑念は跡形もなく吹き飛んでしまった。

特筆すべきは、レコードと全く遜色ない、あるいはそれ以上の「空間の広がり」である。左右のレンジが広いのは当然として、驚くべきは前後の奥行きだ。スピーカーの存在が消え、録音会場であるメディナ・テンプルの広大な空間が、リスニングルームにそのまま現れる。

  • 音圧と緻密さの両立: デジタル特有の線の細さは微塵も感じられない。むしろ、シカゴ響の強力な金管楽器が咆哮する場面でも、音が飽和せずに「面」として迫ってくる。この「物理的な音の圧力」は、ロックやジャズのライブを聴き慣れた耳にとっても十分に刺激的だ。
  • 圧倒的なS/N比: レコードでは避けられないノイズフロアの底から、マリリン・ホーンの繊細な歌声がスッと立ち上がる。第4楽章「原光」における、静寂の中から生まれる歌声。このコントラストの鮮やかさは、まさにエソテリックが追求する「マスターサウンド」の真骨頂である。

圧巻の第一楽章:これぞアバドとシカゴ響の最高峰

この記事を読んでいる方に、何よりまず聴いてほしいのが第一楽章だ。

コントラバスとチェロの激しい刻みから始まる冒端。この一音一音の「彫りの深さ」はどうだ。エソテリック盤では、低弦の松脂が飛び散るような質感までが可視化される。

この第一楽章は、マーラーの全作品の中でも最も無骨でパワフルな音楽の一つだ。ロックファンなら、重厚なリフが繰り返されるドゥーム・メタルや、緻密に構成されたプログレッシブ・ロックに近いカタルシスを感じるはずだ。アバドはオーケストラを暴走させることなく、完璧なコントロール下に置きながら、そのエネルギーを最大限に放射させている。

「5分間のインターバル」という、マーラーの呪縛と儀式

本作の仕様で非常に興味深く、かつ現代のリスナーを悩ませるのが、ディスクの分割方法である。

  • DISC 1: 第一楽章(約22分)
  • DISC 2: 第二楽章〜第五楽章(約58分)

マーラーはスコアの第一楽章の終わりに、「ここで少なくとも5分間の休止を置くこと(Hier folgt eine Pause von mindestens 5 Minuten)」という指示を書き残している。これは第一楽章の葬送行進曲的な重苦しさから、第二楽章の優美なダンスミュージックへ移行する際、聴き手の感情を一度リセットさせるための措置だ。

本SACDはこの意図を尊重し、物理的にディスクを分けることで「5分間の強制的なインターバル」を作り出している。正直なところ、いちいち席を立ってディスクを入れ替えるのはめんどくさい。まだレコード盤をひっくり返す方が楽な気がする。音楽ストリーミングサービスで曲を飛ばすことに慣れた世代には、この「不便さ」は苦痛かもしれない。

しかし、この不便さこそが「儀式」なのだ、と割り切ってみる。第一楽章で魂を激しく揺さぶられた後、ディスクを替え、静かに息を整える。その5分間があるからこそ、第二楽章のあの天上の美しさがより一層際立つ。この「間」の重要性を、エソテリックは物理的なプロダクトとして提示しているのだ。

比較表:Esoteric SACD vs 日本盤レコード

項目Esoteric SACD (ESSG-90141/42)日本盤レコード (Polydor MG 8094/5)
マスタリング思想マスターの情報を全抽出する現代的高解像度当時のオーディオ環境に最適化された厚み
使用機材エソテリック製ハイエンドDAC & クロック当時のポリドール社製カッティングマシン
空間の再現度ホールの奥行き、高さ、空気感を克明に再現左右の広がり、楽器の実在感が強い
低域の質感パイプオルガンの超低域まで制動された音量感があり、地響きのようなアナログの熱量
入手難易度極めて高い(中古市場での争奪戦)比較的容易(中古盤屋の定番)
価格満足度7,450円(-10%)は「買い」千円〜でアナログの醍醐味を味わえる

「復活」のベンチマーク:エソテリックが狙う「音の深淵」

エソテリック盤を聴いた後に他盤を聴くと、いかに彼らが「情報量」にこだわっているかが分かる。

  1. ショルティ指揮 シカゴ響 (DECCA / 1980):同じコンビのデジタル録音。派手さではこちらだが、エソテリック盤の「緻密なグラデーション」を聴いた後では、少々平面的に感じてしまうかもしれない。
  2. ブルーノ・ワルター指揮 コロンビア交響楽団 (Sony / 1958):マーラーの直弟子による、慈愛に満ちた歴史的名盤。アバドの鋭利な解釈とは対照的に、音楽が内側から温かく波打つような感覚。録音の古さを超えて、楽曲の本質(エッセンス)を突きつけてくる。
  3. バーンスタイン指揮 ニューヨーク・フィル (Sony / 1963):情念の塊。音響的な美しさよりも、精神のドラマを聴く盤。エソテリック盤とは対極の魅力。

結論:この「音のドラマ」に一度は触れてほしい

エソテリックのアバド/シカゴ響「復活」は、決してクラシック愛好家やオーディオマニアだけの閉ざされた宝物ではない。良い音で、巨大なエネルギーに身を委ね、日常とは異なる次元に意識を飛ばしたいすべての音楽ファンに聴かれるべき一枚だ。

ただ、現実問題としてエソテリック盤は入手が難しい。もし、このSACDが見つからなければ、通常のCDや、今回比較したような当時の日本盤レコードででも構わない。まずは、アバドとシカゴ響が1976年に到達した、あの無骨でパワフルな「復活」の凄みに触れてみてほしい。

7,450円(マイナス10%)という投資。それは、40年以上前のシカゴで鳴り響いていた、宇宙規模の音響ドラマを「特等席」で聴く権利を買い取ることに他ならない。ディスク交換の手間を惜しまず、スマホを置き、照明を少し落として、この広大な音の宇宙にダイブしてほしい。そこには、エソテリックが作り上げた、言葉を超えた「体験」が待っている。

参考文献・情報源

  • Esoteric公式ウェブサイト: 「Master Sound Works」シリーズ制作ポリシーと機材解説
  • Universal Edition Score: Mahler: Symphony No. 2(第1楽章終了後の休止指示に関する一次資料)
  • Selected Letters of Gustav Mahler: マーラーからユリウス・ブート宛の書簡(1903年)
  • レコード芸術バックナンバー: 1977年度「新譜月評」およびエソテリック盤発売時の特集記事
  • TEAC / Esoteric: マスタリング・センター設備仕様書

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