John Coltrane「Ballads」ジョン・コルトレーン『バラッド』USオリジナル盤:モノラルとステレオの聴き比べ

Disk Review
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ジョン・コルトレーンの『バラッド』(1961~1962年録音、インパルス!レーベル)は、ジャズ史に燦然と輝く名盤である。このアルバムは、コルトレーンの激烈な「シーツ・オブ・サウンド」から一転し、抒情的で内省的なバラード演奏に焦点を当てた作品だ。

今回紹介するUSオリジナル盤のモノラル(A-32)とステレオ(AS-32)は、収録曲は全く同じでありながら、そのフォーマットの違いでそれぞれ異なる音像と魅力をリスナーに提供する。本稿では、ジャズ好きかつレコード愛好家の視点から、両フォーマットの聴感の違いを詳細に比較する。

筆者はモノラル盤の親密で温かい音に深い愛着を感じるが、ステレオ盤の空間的な魅力も公平に評価する。あなたならモノラルの濃密な世界と、ステレオの広がりある音場、どちらを選ぶだろうか?

なお過去には同じくコルトレーンの「至上の愛」についても同様の特集をしている。気になる方はこちらもチェックいただきたい。

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『Ballads』の背景と録音

『バラッド』は、1961年12月21日、1962年9月18日、11月13日にニュージャージーのヴァン・ゲルダー・スタジオで録音された。参加メンバーは、ジョン・コルトレーン(テナーサックス)、マッコイ・タイナー(ピアノ)、ジミー・ギャリソンまたはレジー・ワークマン(ベース)、エルヴィン・ジョーンズ(ドラムス)である。収録曲は以下の8曲で、いずれもスタンダードなバラードだ。

  • 「Say It (Over and Over Again)」
  • 「You Don’t Know What Love Is」
  • 「Too Young to Go Steady」
  • 「All or Nothing at All」
  • 「I Wish I Knew」
  • 「What’s New?」
  • 「It’s Easy to Remember」
  • 「Nancy (With the Laughing Face)」

このアルバムは、コルトレーンが『ジャイアント・ステップス』や『マイ・フェイヴァリット・シングス』で示した革新的なアプローチから一歩退き、静謐でメロディアスな演奏に徹した時期の産物である。1960年代初頭、彼はテクニカルな表現を抑え、情感豊かなサックスの音色でリスナーの心を掴んだ。A.B. SpellmanはNPRで『バラッド』を「コルトレーンがホーンで歌った最も敏感で心からの音楽の一つ」と評している(NPR: John Coltrane: ‘Ballads’)。

録音を担当したルディ・ヴァン・ゲルダーは、ジャズ録音の巨匠として知られる。彼のスタジオは、音の透明感と奥行きを生み出す独特の環境で、モノラルとステレオの両フォーマットで高品質な音像を実現した。モノラル盤は、一体感のある音場で演奏の核心を直接的に伝える。一方、ステレオ盤は楽器の分離と空間表現を強調し、現代的なリスニング体験を提供する。

1960年代初頭のレコード市場は、モノラルが依然として主流だったが、ステレオが新たな高級感として注目を集めていた。ステレオ盤は、左右のチャンネルで楽器を分離し、音の広がりを演出することで、リスナーに新鮮な体験をもたらした。しかし、モノラル盤はラジオや簡易な再生機器での互換性が高く、ジャズクラブの親密な雰囲気を再現するようなリアルな濃密感があった。『バラッド』のUSオリジナル盤は、この過渡期の技術的・文化的背景を色濃く反映している。

モノラルとステレオの聴き比べ

それでは私の所有盤を見ていこう。今回はモノラル・ステレオを両並びにして掲載していきたい。

左からモノ→ステレオ。ジャケット右側のインパルスロゴの下にそれぞれ書いてあるので見分けるのは簡単。規格番号はどちらもA-32と記載してあるが、厳密にはステレオが「AS-32」となる。

所有している盤のレーベル面はいずれも「艶なし」、なので初期プレスではないと思われる。モノラル・ステレオともデッドワックス部分に機械打ちで「VAN GELDER」がはいっている。盤面はどちらも瑕疵なく時代相応。EXと言って良いと思う。

購入した価格だが、どちらも2018年ごろで、ステレオは2.5万でディスクユニオンにて、モノラルは3.8万にてHMVにて購入した。

モノラル盤(A-32)とステレオ盤(AS-32)の聴感の違いは、音質と感情的影響の2つの観点から明確になる。以下、具体的な曲を例に挙げ、両フォーマットの特徴を掘り下げる。

音質:一体感 vs 空間表現

モノラル盤は、すべての楽器が中央に凝縮され、一体感のある音像を形成する。コルトレーンのテナーサックスは、温かみと深みを帯び、まるで目の前で演奏しているかのような臨場感がある。温かみと深みのある音像が特徴で、コルトレーンの感情豊かな演奏を引き立てる。特に「Say It (Over and Over Again)」では、サックスのメロディが濃密に響き、タイナーのピアノやジョーンズのドラムスが寄り添うように溶け合う。この一体感は、モノラル盤の最大の魅力だ。

対して、ステレオ盤は、楽器の分離と音場の広がりが際立つ。コルトレーンのサックスは中央に定位しつつ、タイナーのピアノは左、ギャリソンのベースは右に配置され、空間的な奥行きが生まれる。楽器の分離感と音場の広がりが素晴らしい。ルディ録音のすごいところは、ともすれば空間的な奥行きを生み出すステレオがトレードオフとして音圧を失いがちであることを見事に克服している点である。しかもこのステレオ定位に皆が四苦八苦していた時代に、である。「You Don’t Know What Love Is」では、ピアノのソロがクリアに浮かび上がり、ドラムスのシンバルが空間を漂うように響く。この立体感は、ハイファイシステムでのリスニングに最適だ。

感情的影響:親密さ vs 没入感

モノラル盤は、親密で内省的な雰囲気を醸し出す。すべての音が一つの点から発せられるため、コルトレーンのサックスのブロウがリスナーの心に直接訴えかける。「All or Nothing at All」のブルージーなフレーズは、モノラル盤ではまるでコルトレーンが耳元で囁くように感じられる。筆者はこの親密さに強く惹かれる。モノラル盤は、深夜の部屋で一人、静かにジャズに浸りたい時に最適だ。そのビンテージ感は、1960年代のジャズクラブの空気を彷彿とさせる。

ステレオ盤は、開放的で没入感のある体験を提供する。音場が広がることで、リスナーは演奏空間に包み込まれる感覚を得る。「Say It」のメロディは、ステレオ盤では広々としたホールで響いているかのようだ。この没入感は、リラックスした環境でのリスニングに適している。ただし、筆者には、ステレオの広がりがやや人工的に感じられる瞬間もある。モノラルの直接性が、コルトレーンの魂をよりストレートに伝えると信じるからだ。

レコード愛好家への視点

ジャズ好きでレコードを愛する読者にとって、モノラル盤とステレオ盤はそれぞれ異なる価値を持つ。モノラル盤のUSオリジナルは、状態の良いものが希少で、Discogsでは数百ドル以上で取引されることもある(John Coltrane Quartet Ballads Discogs)。そのビンテージ感と歴史的価値は、コレクターの心を掴む。ステレオ盤も希少だが、再発盤(例:Verveの180gリイシュー)が多く、入手しやすい(John Coltrane Quartet Ballads LP Verve Record Store)。価格はモノラル盤よりやや手頃で、現代のリスニング環境に適している。

リスニングシチュエーションでは、モノラル盤は深夜の集中鑑賞やバーでのBGMに最適だ。ステレオ盤は、広いリビングでのリラックスしたリスニングや、オーディオルームでの分析的な鑑賞に向いている。専門用語を解説すると、「定位」は音の位置感、「ダイナミクス」は音の強弱の幅、「音場」は音の広がりを指す。これらの要素は、モノラルでは凝縮され、ステレオでは拡張される。

購入・視聴にあたって

モノラル盤とステレオ盤の入手は、ディスクユニオン、eBay、Jazz Messengersなどの専門店がおすすめだ(Ballads John Coltrane Jazz Messengers)。USオリジナル盤は高額だが、状態の良いものは投資価値もある。再発盤は手頃で、初心者にも親しみやすい。

再生環境では、モノラル盤にはモノラルカートリッジが理想だが、ステレオカートリッジでも対応可能だ。スピーカー配置は、ステレオ盤では左右のバランスを意識し、部屋の反響を調整することが重要だ。レコードのクリーニングも忘れずに行うと、ノイズが減り、音質が向上する。

項目モノラル盤ステレオ盤
音質一体感、温かみ楽器の分離、空間表現
感情的影響親密、内省的開放的、没入感
コレクション価値高い(希少)中程度(再発盤あり)
入手難易度高い(オリジナル盤)中程度(再発盤含む)

結論:モノラルの魂、ステレオの広がり

『バラッド』のモノラル盤は、コルトレーンの情感を最も直接的に伝える。筆者にとって、その親密さとビンテージ感はジャズの魂そのものだ。「Say It」の一音一音が心に刻まれる瞬間は、モノラルの音がまるで目の前のハンカチをふんわりと波打たせるような、ブロウが肌を撫でるような感覚にすら陥る。。しかし、ステレオ盤の空間的な魅力も否定できない。「You Don’t Know What Love Is」のピアノソロは、ステレオの音場でこそ輝く。

いずれの盤も手に入れて後悔はしない、おそらく永遠の愛聴盤になることは間違いないだろう。

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