先日、47歳の誕生日を迎えた。Facebookのタイムラインには定型文のようなお祝いメッセージが並ぶものの、「おい、誕生日だろう。飲みに行くぞ」と気軽に肩を叩いてくれる友人は、この年齢になるとなかなかいないものである。
そんな少しばかりの孤独を埋めるため、いや散財の言い訳として、私は日暮里のカメラ店「三葉堂寫眞機店」へ足を運んだ。そこで私を待っていたのが、カメラの歴史における最高傑作と名高い「ライカM3(Leica M3)」である。
今回は、1955年製の初期型ダブルストロークモデルという個体の魅力、そして王道レンズである初代ズミクロン50mm f2(リジッド)との組み合わせによる作例を交えながら、このカメラがいかにして私の日常を変えたかを、定量・定性の両面から徹底的にレビューしたい。
M3の神髄:0.91倍ファインダーと「両目開眼」の魔力

ライカM3を語る上で避けて通れないのが、その特異なファインダーである。
M3のファインダー倍率は「0.91倍」。これは、ライカのM型史上最大の倍率である。現行のデジタルライカ(M10やM11)やM4などが0.73倍程度であることを考えると、その見え方は全く異なる。ファインダーを覗き込んだ瞬間、そこに広がるのは「縮小された世界」ではなく、肉眼で見る景色とほぼ等倍のリアルな空間だ。
この0.91倍という数字がもたらす最大の恩恵は、「両目を開けたままピントを合わせ、シャッターを切ることができる」という点にある。
通常、カメラを構える際は片目をつぶるのがセオリーだ。しかしM3の場合、右目でファインダーを覗き、左目で外の世界を見ていても、脳内で二つの像が違和感なく融合する。まるで自分の目がそのままカメラのレンズになったかのような、強烈な没入感がある。
また、M3の距離計の有効基線長は68.5mmと極めて長い(物理基線長×倍率)。これにより、大口径レンズのシビアなピント合わせにおいても、驚異的な精度を発揮する。50mmレンズを装着した際、ファインダー視野のほぼいっぱいに50mmのブライトフレームが表示される。余計な情報が削ぎ落とされ、ただ「50mmで世界を切り取る」ことだけに集中できるのだ。私は50mmの画角をこよなく愛しているため、35mmのフレームが出ないM3は、むしろ「50mm専用機」としてこれ以上ない純度を持っていると言える。
鉄の塊とダブルストロークの官能性

私が購入した個体は1955年製。シリアルナンバーからもそれが裏付けられている。この初期型の大きな特徴が、フィルムの巻き上げを2回に分けて行う「ダブルストローク(2回巻き)」機構だ。
現代の感覚からすれば「1回で巻けないのは面倒ではないか?」と思われるかもしれない。私も最初はそう疑っていた。しかし、実際に手にしてその考えは一変した。
親指を添え、1回、2回と巻き上げる。その際、初期型特有のスプリングクラッチ機構による、滑らかでシルクのような感触が指に伝わる。チャッ、チャッ、と巻き上げ、シャッターボタンを押し込むと、「コトン…」という上品で静粛な音が響く。この一連の動作には、もはや儀式めいた快感がある。「巻き上げながら酒が飲める」と動画でも豪語したが、決して大げさな表現ではない。
さらに、M4以降では指当て部分にプラスチックのチップが採用されるが、この年代のM3は真鍮製のレバーである。ずっしりとした金属の冷たさと重み。これこそが「工業製品の極致」を感じさせる部分だ。ちなみに外装の黒い部分は、三葉堂さんでのオーバーホール時に本革へと張り替えられており、しっとりとした極上の手触りに仕上がっている。フレームセレクターレバーが省略されている点も、ミニマリズムを体現していて非常に好ましい。
作例と批評:初代ズミクロン50mm リジッドの世界
ここからは、M3に銘玉「初代ズミクロン50mm f2(リジッド)」を装着し、実際に撮影した作例を見ていこう。フィルムはカラーに「Kodacolor 100」、モノクロに「ILFORD XP2 400」を使用している。
カラー編(Kodacolor 100)

初夏の陽射しの中、公園のベンチと紫陽花を切り取った一枚。ズミクロンを開放付近で撮影している。
M3の有効基線長の長さと0.91倍ファインダーの威力は、こうした近接・浅い被写界深度の撮影でいかんなく発揮される。ピントの山が二重像で恐ろしいほど明確に掴めるのだ。前ボケから合焦面の紫陽花の葉の葉脈、そして背景のなだらかなボケへと続く立体感は、まさにズミクロンならでは。オールドレンズらしい柔らかさと、芯のある解像感が同居している。

横浜中華街でのスナップ。人混みの中を歩きながら、両目を開けて被写体を捉える。
ブライトフレームの外側が見えるレンジファインダーの特性により、フレーム内に人が入ってくる瞬間を「待つ」ことができる。F5.6程度まで絞り込むと、ズミクロンは途端に画面全体を緻密に描写し始める。Kodacolor 100の素朴でどこか懐かしい発色と相まって、情報量の多い中華街の看板や質感を見事に描き出している。

日常の何気ない壁のスイッチ。こうした「何でもない風景」を撮りたくなるのが、ライカの恐ろしいところだ。
金属製のスイッチプレートの質感、壁紙の微妙なトーンのグラデーション。肉眼で見過ごしてしまいそうな陰影を、カメラとレンズがすくい上げてくれる。50mmという画角は、自分の視線そのものだ。
モノクロ編(ILFORD XP2 400)
フィルムをILFORD XP2に入れ替え、モノクロームの世界へ。路地裏に無造作に置かれたガスボンベ。

ズミクロンリジッドの真骨頂は、実はモノクロ撮影における階調の豊かさにあると言われている。ボンベの錆びた金属の質感、表面のざらつき、影の中に沈み込む黒の粘り。これらをM3のファインダーで覗き込み、構図を決める作業は至福である。

高架下のトンネルを自転車が通り抜ける瞬間。
これも両目視度を活かし、トンネルの向こう側から自転車がやってくるのを左目で確認し、右目のファインダーで完璧なタイミングでシャッターを切った。レンジファインダーはミラーボックスがないため、シャッタータイムラグが極めて少なく、ブラックアウトもしない。「その瞬間」を確実に仕留めることができる実用機としての凄みがここにある。
運用論:バルナックライカとの比較で見えるもの
さて、絶賛ばかりしてもフェアではないので、唯一のデメリットについても触れておこう。それは「重量」である。
私は愛用するバルナックライカと比較すると、その差は歴然だ。バルナックはコートのポケットにスポッと収まるほどの軽快さがあり、旅先でのスナップには最適である。対してM3は、真鍮とガラスの重たい塊であり、首から提げていると確かな存在感(悪く言えば負担)がある。

しかし、その重量と引き換えに得られる「速写性」と「確実性」は代えがたい。
バルナックライカはフィルム装填に独自の儀式(フィルムの先端を切り取り、底蓋を開けて手探りで装填する)を要する。これは旅行先などで座ってゆっくり行える環境なら良いが、立ちっぱなしの観光地や、シャッターチャンスが連続する場面では致命的なタイムロスになる。
一方のM3は、底蓋を外し、背面の裏蓋(バックドア)をパカッと開けることができる。これにより、フィルムがスプールに正しく噛み合っているかを目視で確認でき、圧倒的に迅速かつ確実なフィルム交換が可能だ。この実用性の高さは、M型ライカが現代までその基本構造を変えずに生き残っている最大の理由だろう。
「極限の軽快さを求めるならバルナック」「確実なピントと速写性、そしてファインダーの極致を味わうならM3」。私の中で、両者の棲み分けは明確に完了した。
結論:30万円の価値はどこにあるのか
今回、この1955年製ライカM3を手に入れるために投じた金額は、およそ30万円である。
決して安い買い物ではない。しかし、物の値段というのは他人が決めるものではない。自分が納得し、それ以上の価値を見出せるのであれば、それは「安い」のだ。
「一生物は、一生が終わる前に買え」。この言葉の通り、80歳になってから買っても、共に歩める時間は限られている。今、この瞬間に手に入れ、このファインダーを通して日常の1秒1秒を心に焼き付けていくこと。その体験に対する投資として、私はこのM3に大いに満足している。
ただ綺麗な写真を撮るだけなら、現代のデジタルカメラやスマートフォンで十分だ。しかし、カメラを操作する喜びに浸り、被写体と向き合う「過程」そのものを愛したいのなら、ライカM3はこれ以上ない伴侶となってくれるはずだ。
皆様もぜひ、自分にとっての「最高の1台」を見つけて、シャッターを切る喜びを味わっていただきたい。
▼ 今回のレビュー動画はこちら(YouTube:ほえおチャンネル)
【ライカM3】ライカM3買っちゃった!1955年製ダブルストロークと至高のシャッター音。0.91倍ファインダーで覗く日常【フィルムカメラPOV】
▼ カメラ購入・現像でお世話になっているお店
※実働するカメラのみをオーバーホール済みで販売する、非常に良心的な名店です。


コメント